今週の礼拝メッセージ

和泉聖書教会で話される毎週の説教です。どうぞご覧ください!

2017年04月

〒594-0032
大阪府和泉市池田下町1918-9
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『彼の打ち傷によって』

新約聖書 ヨハネの福音書 20章19~23節 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たち がいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来 られ、彼らの中に立って言われた。 「平安があなたがたにあるように。」 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たち は、主を見て喜んだ。イエスはもう一度、彼らに言われた。 「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、 わたしもあなたがたを遣わします。」 そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。 「聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その 人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、そ れはそのまま残ります。」

今回のメッセージは「彼の打ち傷によって」。
イエス様の血潮により、御傷によって今の私たちの癒し平安があるのです。
なぜそう自信をもって言えるのか、メッセージによって語られています。
どうぞご覧ください。

『彼の打ち傷によって』
 

『名前を呼ばれる主』

新約聖書 ヨハネの福音書 20章1~18節
さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうち に墓に来た。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。それで、 走って、シモン・ペテロと、イエスが愛された、もうひとりの弟子と のところに来て、言った。 「だれかが墓から主を取って行きました。主をどこに置いたのか、 私たちにはわかりません。」 そこでペテロともうひとりの弟子は外に出て来て、墓のほうへ行っ た。ふたりはいっしょに走ったが、もうひとりの弟子がペテロよりも 速かったので、先に墓に着いた。そして、からだをかがめてのぞき 込み、亜麻布が置いてあるのを見たが、中に入らなかった。シモン ・ペテロも彼に続いて来て、墓に入り、亜麻布が置いてあって、イ エスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離 れた所に巻かれたままになっているのを見た。そのとき、先に墓に 着いたもうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた。彼ら は、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書 を、まだ理解していなかったのである。それで、弟子たちはまた自 分のところに帰って行った。 しかし、マリヤは外で墓のところにたたずんで泣いていた。そして、 泣きながら、からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。すると、ふ たりの御使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、ひとりは 頭のところに、ひとりは足のところに、白い衣をまとってすわってい るのが見えた。彼らは彼女に言った。 「なぜ泣いているのですか。」 彼女は言った。 「だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私には 2 わからないのです。」 彼女はこう言ってから、うしろを振り向いた。すると、イエスが立 っておられるのを見た。しかし、彼女にはイエスであることがわから なかった。イエスは彼女に言われた。 「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」 彼女は、それを園の管理人だと思って言った。 「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってく ださい。そうすれば私が引き取ります。」 イエスは彼女に言われた。 「マリヤ。」 彼女は振り向いて、ヘブル語で、 「ラボニ(すなわち、先生)」とイエスに言った。イエスは彼女に言 われた。 「わたしにすがりついていてはいけません。わたしはまだ父のもと に上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼ら に『わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあ なたがたの神のもとに上る』と告げなさい。」 マグダラのマリヤは、行って、 「私は主にお目にかかりました」 と言い、また、主が彼女にこれらのことを話されたと弟子たちに告 げた。


今回のメッセージは「名前を呼ばれる主」。
イエスの弟子のひとりであるマグダラのマリアを例に出し語られたメッセージです。
イエスはなぜ名を呼ばれたのか。ぜひご覧ください。

『きょう、わたしとともに』

新約聖書 ルカの福音書 23章32~42節
ほかにも死ふたりの犯罪人が、イエスとともに刑にされるために、 引かれて行った。 「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯 罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。 そのとき、イエスはこう言われた。 「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわ からないのです。」 彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。民衆はそばに立 ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。 「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、 自分を救ってみろ。」 兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を 差し出し、 「ユダヤ人の王なら、自分を救え」 と言った。「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲 げてあった。 十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、 「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」 と言った。ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて 言った。 「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているで はないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだか らあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」 そして言った。 「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思 2 い出してください。」 イエスは、彼に言われた。 「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

 
今回のメッセージは「きょう、わたしとともに」。
イエスが十字架にかかられたとき、じつはお一人ではありませんでした。
上の御言葉のとおり両端に罪人がいたのです。
そこから何が読み取れるのか。
ぜひご覧ください。

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