今週の礼拝メッセージ

和泉聖書教会で話される毎週の説教です。どうぞご覧ください!

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『黙ってただ神を待ち望む』

新約聖書 ルカの福音書 1章57節から64節
さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ。近所の人々や親族は、主がエリサベツに大きなあわれみをおかけになったと聞いて、 彼女とともに喜んだ。さて八日目に、人々は幼子に割礼するためにやって来て、幼子を父の名にちなんでザカリヤと名づけようとしたが、 母は答えて、 「いいえ、そうではなくて、ヨハネという名にしなければなりません」 と言った。彼らは彼女に、 「あなたの親族にはそのような名の人はひとりもいません」 と言った。そして、身振りで父親に合図して、幼子に何という名を つけるつもりかと尋ねた。すると、彼は書き板を持って来させて、 「彼の名はヨハネ」 と書いたので、人々はみな驚いた。すると、たちどころに、彼の 口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって神をほめたたえた。


今回の説教は『黙ってただ神を待ち望む』
クリスマスまでの一か月を「待降節」といいます。
神の再臨を待ち望む期間です。
(詳しくは教会のコラムをご覧ください。
http://izumi-bible-church.hatenablog.com/entry/2016/11/29/173050
それにちなんで今回は「待つ」大切さを学びます。
どうぞご覧ください。
信徒S

http://izumi-bible-church.blog.jp/1601204%E9%BB%99%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%9F%E3%81%A0%E7%A5%9E%E3%82%92%E5%BE%85%E3%81%A1%E6%9C%9B%E3%82%80.pdf

『主、ひとり』

旧約聖書 イザヤ書 2章1節から5節
アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて示された先見のこ とば。

終わりの日に、主の家の山は、山々の頂に堅く立ち、
丘々よりもそびえ立ち、すべての国々がそこに流れて来る。
多くの民が来て言う。
「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。
主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。
私たちはその小道を歩もう。

それは、シオンからみおしえが出、
エルサレムから主のことばが出るからだ。
主は国々の間をさばき、
多くの国々の民に、判決を下す。
彼らはその剣を鋤に、
その槍をかまに打ち直し、
国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。

来たれ。ヤコブの家よ。私たちも主の光に歩もう。

すこし遅れましたが、今週の礼拝説教です。
先週のタイトルは『ほかの神々を退けて』、今週のタイトルは『主、ひとり』。
一見すると同じような意味に感じますが、いざ説教を聞いてみると私たちクリスチャンの盲点であった箇所を発見することができました。
個人的観点から申し上げますと、
①異教徒たちの未来
②終わりの日の近づき
③信仰者の高ぶり
の3つの構成になっており、「③信仰者の高ぶり」は原稿では
「Ⅲ.さあ、主の光に歩もう」
となっています。特にクリスチャンの方にはこの箇所を重視して読んでもらいたいです。
静かに語られる中に、刺激的で信仰者に対する警告がなされています。
今週も味のある説教をどうぞお楽しみください。

『ほかの神々を退けて』

旧約聖書 出エジプト記 20章1節から6節 
それから神はこれらのことばを、ことごとく告げて仰せられた。 「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。あなたは、自分のために、偶像を造っては ならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それら を拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に 報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を 守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」

今日の礼拝説教は『ほかの神々を退けて』。
「私たちの神は一つだけの存在」だということです。
クリスチャンからしてみれば当然の認識であり、むしろ
「なぜ今牧師先生はこのような話をするのかな?」
とわたしは思いました。
しかしそこには「多神教」、「偶像崇拝」と聖書で禁じられていることがたくさん行われている日本だからこそのクリスチャンの認識の薄さがあり、また自分が何とも思っていないことであっても、実は神様が禁止してることを無意識のうちに行っていることに気づくことができました。
クリスチャンの重要かつ基本的教理であるにもかかわらず、その奥深さは計り知れず、まさに「福音」を聞くことができました。本当に素晴らしいメッセージです。
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